高卒レベルの英語力から永住権取得は可能か?

イントロダクション

まず初めに 自己紹介とこのブログの目的について話させて下さい!

僕は勉強もできなくて自慢じゃないですが、高校では何度も英語で赤点をとりました。スポーツは割とできたんですが…

家庭も母子家庭でお金もありませんので、海外の大学は論外、国内の私立大学にも行くお金もありませんでした。

僕の人生を簡単にまとめるとこんな感じです。

1990年 不自由もない比較的裕福な家庭に生まれる

2005年 中3の時に専務取締役の父が会社で不祥事を起こしクビになり、地位、財産、家を失う。

2006年 両親の離婚にともない母方の祖母の故郷に引っ越し育てられる。高校に行かず働くと母に言うが、高校だけは行きなさいと怒られ、県内サッカー強豪男子校に進学。

2006年〜2009年 先輩、後輩、同級生含め最高の仲間に恵まれてサッカーづけの高校生活を過ごす。

2009年春 脳みそがサッカーでできていた僕は当然国公立受験に失敗し高校卒業と同時に予備校に通いながらバイトを始める。

2009年夏 大学に行く意味に疑問を抱くようになり予備校を辞め留学費用を稼ぐことに

2010年冬フィジーに英語留学に行きそのままオーストラリアにワーホリ

2010年春 ワーホリについて無知で英語もダメで仕事見つからずお金がつき日本に帰国

2010春 再度オーストラリアに戻るために英語を独学しながらバイトする

2010年夏 TOEIC800点取得オーストラリアのTafeの会計コースを入学申し込みする。

2011年春 国の海外奨学金のお金とバイトで稼いだお金で再びオーストラリアに

2011年春 授業についていけず路頭に迷う中、図書館の無料英語のクラスで台湾人の嫁さんに出会う

2011年夏 嫁さんと付き合い始める。彼女も母子家庭で高校にも行かず15才から1人暮らしで働いていて勝手に運命を感じる。

2011年秋 周りの反対を押し切って3ヶ月で結婚し2人でオーストラリア永住を決意

2012年春 嫁さんが永住のために学校に入学して勉強を始め、自分はバイトをしながらサッカーで稼ぎ始める。

2012年 春 サッカーのシーズン3試合目で鎖骨を骨折、仕事もできなくなる。病院に行くお金もなく、1ヶ月空き缶集めで泣き無しのお金を稼ぐ。嫁さんにサッカーをすること禁止される。

2012年夏 サッカーで知り合った友人に日本食レストランを紹介してもらい働き始めるが包丁も握ったことのなかった自分は1週間でクビにされそうになる。

2013年冬 友人のおかげでクビは免れ、仕事も覚えて料理の仕事が楽しくなり始める。その頃嫁さんの勉強科目では永住権がとれなくなる。

2013年夏 永住を諦め日本に帰ることを決意するが、その時お世話になった店長に高卒で経験もないので嫁さんのことも考えると永住権とって残る方がいいと言われ考え直す。

2014年春 嫁さんの卒業と共に料理学校入学を申し込む。

2014年 夏 料理学校入学と共に勤務先の日本食レストランのオーナーに永住権のスポンサーをお願いする。

2016年冬 娘誕生 夫婦揃って親バカになる。

2016年秋 オーストラリア永住権取得

2018年 お世話になりっぱなしの人生なので、こんな落ちこぼれの僕でもだれかのためになれることはないかと思いブログを始め現在に至る。

こんな人生の中、色々な人達に助けられながらオーストラリア永住権を取得しました。

永住したいけど、大学に行けないもしくは、留学や永住権のエージェントに相談するお金のない、たぶん僕と、同じような境遇の人達が、少からずいると思います。

僕の経験を皆さんにお伝えすることによって、少しでも良いので同じような境遇で、オーストラリア永住権を目指していらっしゃる方の力になれればと思い書き初めました。

ブログ初心者なので、読みにくいと思いますが、少しでも多くの方に読んで頂けたら幸いです。

もしオーストラリア留学やワーホリについて質問がある方はお気軽にご連絡ください!

これから本題に入ります!!

人生に関わることなるので、軽い気持ちで勧誘などはしたくないので、先にお伝えしておきますが、現時点でオーストラリア永住権を取得するのは簡単ではありません。

留学エージェントはコミッションさえもらえれば良いという人が大半で永住メリットしか話しませんが

永住権取得もそうですが永住してからもそれなりの覚悟と努力が必要になります。

しかし安心してください、オーストラリア永住権取得するために自分に何が今必要なのか理解しそれに向かって努力すれば英語力が初心者であろうとお金がなかろうとオーストラリア永住権取得は十分に可能!

永住権取得後も必ず自分が求める暮らしをオーストラリアで実現できます!!

落ちこぼれで高卒の僕の例が正にいい例だと思います。

いきなりそんなこと言われても、「何言ってんの( `皿´)」ってなると思うので、自己紹介もかねて永住権取得までをまとめます。

イントロダクションでも紹介したのですが、僕は母子家庭で、海外の大学に進学するお金もなかったのですが、高校の時から、海外に興味を抱くようになり、海外に住みたいと思うようになりました。

家庭の事情で、高校卒業してまもなく1人暮しをしながら、バイトを3つ掛け持ちして休憩時間に英語を勉強しましたが、日本ではお金は全然溜まらなかったんです。

あとから気づいたのですが、オーストラリアで働けば日本の倍は簡単に稼げます!

ワーホリ行くなら知っておこう!オーストラリアの最低賃金!

フィジー英語留学!

オーストラリアやアメリカに6ヶ月留学する費用は、100万近いお金がかかり、その時の僕の貯金は50万程度、オーストラリアやアメリカに行くのは到底無理…

そんな時フィジー英語留学というのをインターネットで目に止まりました。値段はなんと宿泊費、航空券、授業料込で3ヶ月 28万円!物価日本の半分!その日の内に、電話してフィジーに留学することに!

初めての留学というか、1人で、海外に初めて行くということもあり不安もありましたが、無事到着、その日の内にクラス分けテストがありました。

ペーパーテストは…で最後は貫禄のあるフィジー人の校長先生とインタビュー。英語の下手な僕はとりあえず、英語を上達したい熱意を伝えようとします。

すると、
「あなたペーパーテストは標準だけどすごい一生懸命だから、特別に1番上のクラスに入れてあげる」えぇー!というわけで、1番上のビジネス英語のクラスに入ったのですが、クラスメイトは、東大、慶応、国立医大、外語大、さらには帰国子女のこまでいる中になぜか高卒の僕…

みんな流暢な英語で自己紹介する中、僕だけ、my name is … my hobby is soccer 以上 (´;ω;`)完全に罰ゲームでしょ…

泣きたい気持ちをおさえながら自己紹介済ませたあとに校長先生のとこに猛ダッシュして、クラス変えてとお願いしたら、「英語上達したいんでしょ?」っと優しく微笑みながら一言
言葉が胸に突き刺さりました。

その後、逃げちゃダメだと言い聞かせながらクラスに戻る……

幸いにもクラスで、最年少1人だけ片言の英語ということで、高学歴の先輩達からいい具合に可愛がられ、英語が凄く上達しましたというより英語を人前で話す度胸が身につきました。

後から気づいたのですが、むしろこれが1番大事だと思います。

オーストラリアワーキングホリデー

フィジーの生活にも慣れて、もうすぐ日本に帰る時期が迫るころ、韓国人のルームメートが「ワーキングホリデーって知ってる?」と聞いてきました。

当時の僕はもちろんそのことを知らず…「何で働いてるのにホリデー中なんだ矛盾してなぁ」と思いながら、なにそれと聞き返しました。

これがきっかけでオーストラリアワーキングホリデーのことを知りオーストラリアに行くことを決心!

英語でビザ申請なんて初めてなのでクラスメートの先輩方に手伝って頂き、翌日にVISA取得そのまま$200 の片道航空券を購入しフィジーからオーストラリアのアデレードに移動しました。

無事にオーストラリアに着いたのは良かったのですが、オーストラリアは真冬…もちろんフィジーからきた僕の服装はビーチサンダルとシャツと短パン空港の移民局の人に「クレイジージャパニーズ」と言われ苦笑い。なんとかアデレードに到着。

バックパッカーに数日滞在しお金が尽きてきて、シェアハウスの探し方も知らない僕は絶対絶命の危機にたたされていました。

するとドイツ人の女の子がやせ細った僕を見てご飯もろくに食べてなかった僕にご飯をわけてくれました!

天使が舞い降りた!

事情を話すと僕にドイツ人の女の子が、「WWOOFって知ってる」と聞いてきました。
次のエピソードに続く

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